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大阪地方裁判所堺支部 昭和34年(わ)191号 判決

本籍 徳島県那賀郡相生町鮎川字大国二一一番地の一

住居 徳島市住吉本町二丁目三一番地の一

無職

湯浅福市

大正一一年二月一一日生

右の者に対する航空法違反、有印公文書偽造、有印私文書偽造、偽造有印公文書行使、偽造有印私文書行使、業務上横領被告事件について、当裁判所は、検察官馬屋原成男出席の上、審理をして左の通り判決する。

主文

被告人を判示第一(一)の罪につき懲役三月に、

判示その余の罪につき懲役七年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右懲役七年の刑に算入する。

押収の委任状一通(証第七号の二)、印鑑証明二通(証第七号の三及び四)及び印鑑一個(証第八号)は、いずれもこれを没収する。

訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

被告人は、昭和二六年四月頃徳島県那賀郡相生町延野所在の延野農業協同組合(当時の名称は延野村農業協同組合)に販売係員として就職し、昭和二八年五月二〇日頃徳島県経済農業協同組合連合会の職員に転職した上、同連合会延野駐在員として右延野農業協同組合と同一建物内で執務するに至つた者であるが、

第一、右転職の際、右延野農業協同組合より同協同組合が組合員の委託を受けて販売する番茶につき、引続き同協同組合のために販売先の開拓、取引の交渉、集金等の業務に携わつて貰いたい旨の依頼を受けたので、これに応じ同協同組合のためにこれらの業務に従事中

(一)  別表第一記載の通り、昭和三一年四月三〇日頃及び同年一一月二六日頃の二回に亘り、高松市南新町四の一〇ますや茶園こと増田泰矩方より番茶代金三一、九〇〇円を集金しこれを右協同組合のために業務上保管中、その都度いずれも徳島県那賀郡相生町内においてこれをほしいままに着服して横領し、

(二)  別表第二記載の通り、昭和三二年八月二四日頃から昭和三三年一二月頃までの間一七回に亘り香川県仲多度津郡琴平町榎井七八七大和茶園こと池辺トヨ方他八ヵ所より番茶代金合計三三三、四〇〇円を集金しこれを右協同組合のために業務上保管中、前後一五回に亘りいずれも前記相生町内において右集金のうち合計金二三〇、三〇〇円をほしいままに着服して横領し、

第二、その間近い将来右農業協同組合連合会を退職の上、番茶木炭等の商売をしようと計画し、その営業資金を得るため、西岡林蔵及び広井豊の共有する立木(杉等約七万才)を無断で売却すべく、それに必要な書類を偽造しようと企て、

(一)  昭和三三年九月一〇日頃、前記延野農業協同組合事務所において、行使の目的をもつてほしいままに、謄写機ペン等を使用し、有合せの用紙を用い、

(イ)  証第弐百弐号印鑑証明と題し、印鑑欄に印判屋で購入した広井と刻んだ印章を押捺し、住所氏名年令欄に徳島県那賀郡相生町雄字ひわだ拾八番地広井豊大正拾壱年参月拾五日生と記載した上、これに引続き右印鑑は届出の印鑑と相違ない事を証明する、昭和参拾参年九月拾日、徳島県那賀郡相生町長山本武男と記載し、その名下に自己が刻んだ那賀郡相生町長之印なる印章を押捺し、

(ロ)  更に証第弐百参号印鑑証明と題し、印鑑欄に印判屋で購入した西岡林蔵と刻んだ印章(証第八号)を押捺し、住所氏名、年令欄に徳島県那賀郡相生町雄字岡一九番地西岡林蔵大正八年拾月参拾日生と記入した上、これに引続き前同様の証明文言、作成日付及び町長名を記載し町長名下に前記の那賀郡相生町長の印と刻んだ印章を押捺し、

もつて、徳島県那賀郡相生町長山本武男名義の印鑑証明書二通(証第七号の三及び四)を偽造し、

(二)  前同日同町鮎川字大国二一一番地の一の当時の被告人の居宅において、行使の目的をもつてほしいままに、有合せの用紙にペンを用い、委任状と題し、共有せる木沢村坂洲字甫佐浦三一三番地山林三町歩上の立木(杉、松、檜)の売買に関する権限を渡辺義夫及び同人の指定する持参人に委任する旨記載した上、委任者として、那賀郡相生町雄字岡一九番地西岡林蔵、那賀郡相生町雄字ひわだ一八番地広井豊と各署名を冒書し、各その名下に前記の西岡林蔵及び広井と刻んだ各印章をそれぞれ押捺し、もつて同人等作成名義の権利義務に関する委任状一通(証第七号の二)を偽造し、

(三)  同月一八日頃、前記偽造にかかる印鑑証明書二通及び委任状一通を、いずれも真正に成立した文書として、予てより前記立木の売却あつせん方を依頼していた同郡木沢村大字坂洲字井堀三〇番地福島万吉宛に同郡桑野郵便局から一括郵送し同月二〇日頃、これを同人方に到達受領させて行使し、

第三、而して、被告人は、右第二記載の公文書偽造同行使私文書偽造同行使罪により昭和三三年一二月二二日徳島地方裁判所に起訴されて、その公判期日を一旦昭和三四年二月二八日と指定されたが更に同年四月九日と変更指定される一方、前記延野農業協同組合においても番茶代金の未回収の多いことが問題化し同年三月一〇日頃同協同組合理事長大原伝より同月二〇日同人と同道して各番茶販売先の調査に赴くように命じられたため、前記第一の横領事件の発覚すべきことを怖れその対策に苦慮していた矢先、同月二〇日早朝大原理事長方に発生した火災事件につき放火容疑をかけられた上、同月二三日偶々訪れた徳島市内の茶商で被告人の横領事件の捜査に来ていた警察官と出会い取引先の各茶商につき調査の進められていることを知り、かくては各取引先における信用も失墜し、将来個人で営業を行う望みも絶えてしまうと考え、最後の手段として大阪の友人を訪ね金策を依頼して横領金額を弁償すべく、もし金策が得られない時には自殺を遂げようと決意し、同月二四日午前一〇時二〇分頃、ガソリン入一升瓶二本を携え、徳島市上助任大坪吉野川大橋南詰所在の日東航空株式会社吉野川基地から、時田次男の操縦する同会社所有の水上旅客飛行機ビーバーJA三〇四三「あさあけ号」に他の乗客五名とともに乗り込み、堺市塩浜町所在の同会社堺基地に向け航行中、当面の問題についてあれこれ思案するうち、思えば思う程大阪へ行つても金策を得られないだろうと思えるようになつて絶望の挙句、どうせ死ぬなら右航行中の飛行機内でガソリンに点火して同飛行機を爆破墜落させて自殺を遂げようと決意し、同日午前一〇時四〇分頃、大阪府泉南郡岬町多奈川沖上空高度約一、〇〇〇米を航行中の右飛行機内において、右ガソリン入一升瓶二本の栓を抜き、所携のマツチをすつて右ガソリンに点火しようとしたが、発火しないうちに同乗者に発見されて取り押えられたため、その目的を遂げなかつた

ものである。

(証拠)≪省略≫

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は判示第三の犯行当時心神耗弱の状態にあつた旨主張するけれども、前示各証拠に当裁判所の証人中村藤吉及び湯浅繁一に対する各証人尋問調書を綜合すれば、被告人には平素精神異常と認められるような行動は全くなく、又被告人は判示第三の犯行について鮮明な記憶を有し、且犯行の際には同乗者の生命にも危害の及ぶことを考えて犯罪の実行をかなり躊躇したことが認められ、その他右犯行に至る動機、犯行の経過等に照らしてみても、被告人が右犯行当時是非を弁別する能力又はこの弁別に従つて行動する能力の著しく減退した状態にあつたものとは到低認められないので、弁護人の右主張はこれを採用することができない。

(前科)

被告人は、昭和三二年二月一八日富岡簡易裁判所において道路交通取締法違反罪により科料五〇〇円に処せられ、右裁判は、同年三月七日確定したものであつて、右事実は、被告人の当公廷における供述及び検察事務官林成晴作成の被告人に対する前科調書によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為中、第一(一)の業務上横領の点は各刑法第二五三条に該当するが、これと前示前科にかかる犯罪とは同法第四五条後段の併合罪であるから、同法第五〇条により未だ裁判を経ない判示第一(一)の罪につき、同法第四七条第一〇条に従い、犯情の重い別表第一1の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役三月に処する。次に判示第一(二)の業務上横領の点は各同法第二五三条に、判示第二の公文書偽造の点は各同法第一五五条第一項に、同行使の点は、各同法第一五八条第一項、第一五五条第一項に、私文書偽造の点は、同法第一五九条第一項に、同行使の点は同法第一六一条第一項第一五九条第一項に、判示第三の航空法違反の点は、同法第一四一条第一三九条第一項にそれぞれ該当するところ、判示第二の偽造公文書及び偽造私文書の行使は一個の行為にして数個の罪名に触れ、又公文書偽造と同行使、私文書偽造と同行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるから刑法第五四条第一項第一〇条に則り、最も重い偽造公文書行使罪の刑に従い、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、航空法違反罪につき有期懲役刑を選択し刑法第四七条第一〇条により最も重い航空法違反罪の刑に刑法第一四条の制限に従つて法定の加重をなした刑期範囲内において被告人を懲役七年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右懲役七年の刑に算入し、押収物件中、印鑑証明二通(証第七号の三及び四)及び委任状一通(証第七号の二)は判示第二(三)の偽造公文書行使罪及び偽造私文書行使罪の組成物件で何人の所有をも許さず、又印鑑一個(証第八号)は判示第二(一)(ロ)(二)の公文書偽造罪及び私文書偽造罪の供用物件で被告人以外の者の所有に属さないので同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則りこれを全部被告人に負担させることとして主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 国政真男 裁判官 石松竹雄 裁判官 上田次郎)

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